篤姫を考える
仕事で使う必要があって、色鉛筆を買いに行った。色鉛筆なんて、なんだか懐かしいアイテム。子供の頃は、何十本も入ったセットに憧れたものです。
さて、以前にもちょっと書いたことがあるかもしれませんが、最近興味を持っている篤姫についての話題が、今日はニュースに出ていました。
信州高遠藩主“幕政の要”保科正之を「NHK大河の主役に」
産経新聞
■生誕400年節目に狙い
江戸幕府の4代将軍、徳川家綱を支えた会津藩主、保科正之(1611〜1672年)−。時代劇では脇役に甘んじる人物だが、戦国時代の余韻が残る武断政治から、法律・制度を中心にした文治政治に幕政を導いた立役者だ。そんな隠れたヒーローを顕彰する取り組みを正之が青年期を過ごした長野県伊那市(信州高遠)の観光協会が進めている。NHK大河ドラマの主人公に担ごうと署名運動を展開。国会議員や県会議員も巻き込んで盛り上げを図る。(比嘉一隆)
6月5日、東京千代田区の議員会館で超党派による「名君保科正之公の大河ドラマ実現を応援する国会議員の会」の設立総会が開かれた。
会長は、民主党の渡辺恒三最高顧問(福島4区)。伊那市(旧高遠町)出身の伊藤公介元国土庁長官(東京23区)と宮下一郎財務大臣政務官(長野5区)が事務局に就き、発起人には、羽田孜元首相(長野3区)▽与謝野馨元官房長官(東京1区)▽坂本剛二自民党組織本部長(東北比例)が名を連ねた。
いずれも保科家ゆかりの地と関係が深い面々。伊那市観光協会のロビー活動のたまものだ。地元の長野県議会でも今月4日、ドラマ化を支援する全員参加の議連が発足した。
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正之は2代将軍・秀忠の落胤(らくいん)。市観光協会の資料などによると、大奥女中、お静との間に生まれたが、正室・お江与の方の嫉妬を恐れ、出生は極秘だった。信州高遠の藩主、保科家の養子になる7歳まで、武田信玄の娘の見性院のもとで養育された。藩を継いだのち、異母兄にあたる3代将軍・家光に器量を認められ、26歳で出羽山形20万石、33歳で会津23万石へと出世。将軍に11歳でなった家綱の補佐役として、幕政に携わった。
数奇な生涯を歩んだ正之だが、「自分をアピールする人ではなかったので、功績が伝わりにくかった」と「保科正之言行録」(中公文庫)の著者で作家の中村彰彦氏は指摘する。「松平」を名乗ることが許されたにもかかわらず、生涯、保科姓で通したところにも、控えめさがかいま見える。
しかし、政策の手腕は大胆だった。会津では、間引き(子殺し)を禁止。藩出資のファンドに相当する社倉を創設して、年貢の軽減やコメの無利子貸し付け、救急医療制度など福祉事業に力を入れて人口増加に成功した。特に「90歳以上の領民に扶持(1日玄米5合)を与えたのは年金制度の始まり。年寄りを大事する精神は今の政治家が見習っていい」と伊東義人・元高遠町(合併後伊那市)長は語る。
幕政では、大名家からの人質制度を廃止、養子縁組の規制を緩和してお家断絶に歯止めを掛けた。江戸の大半が焼けた明暦の大火(振り袖火事)後は江戸城天守閣の再建に反対し、災害復興を優先させたと伝わる。水不足解消のため、玉川上水(東京)の開削の建議も行った。
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「民の幸福を考えた政治をした」(中村氏)との評価がある正之にスポットライトをあてようと、伊那市では、生誕祭が昨年からスタート。実母のお静の石像を建立する計画が持ち上がっている。顕彰活動費として500万円を市に寄付する地元企業も現れた。市観光協会がドラマ化を求めて集めた署名はすでに25万人に達した。
大河ドラマは「篤姫」のあと、来年は直江兼続が主人公の「天地人」、22年は「龍馬伝」に決まっており、狙うは23年。正之の生誕 400年の節目だ。
と、こんな感じのニュースなんですが、「え~、そうなんですかぁ?」という気が。篤姫に対する興味は、まだしばらくの間継続するかもしれません。
外の様子が、何となくいい感じに見えてきました。ふらっとコンビニまで行ってこようかな。缶コーヒーの種類が一番充実してるのはどこだっけ・・
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